ブログトップ

ナンバー938の呟き

kkusube.exblog.jp

身の程知らずにもわずかばかりの知性をふりかざしてみたくて呟くのである

カテゴリ:本( 62 )

 3月の『蛇の卵』に続いて4月には『第四の館』が出るという。がぜん嬉しさいっぱいの幸せな状況になりつつある。
 ラファティの長編に関しては1度以上は日本で翻訳出版されている5冊とも読んでいる。残念ながら『パスト・マスター』だけはどこへ行ったのか不明なので再読できない状態だけど、それ以外は手元にある。短篇集も『九百人のお祖母さん』『昔には帰れない』『子供たちの午後』『翼への贈り物』と4冊読了。未読は2冊。どれも最近読み終えた。
 面白いとは思っていたのだけど、買うだけで積読状態であったのが、なんとか読み進めるうちにどんどんハマりだした。確かに何度か読んでも何だかわからない部分も多い。また分かる必要があるのかどうかも怪しい。フレーズを楽しめればいい作家であって、パズルを解いて読み解くことを目的とする作家ではないような気がする。
 ナブコフやウルフもそうなんだろうなぁ。
[PR]
by kkusube | 2013-04-05 20:43 |
 新☆ハヤカワ・SF・シリーズのラインナップに入っていたラファティの「昔には帰らない」が文庫で9月に刊行されるというのも驚きだったが、2冊の短篇集を出している青心社から「Serpent's egg(毒蛇の卵)」という長編が年内に刊行されるという嬉しいニュースが流れている。タイトルはシェイクスピアのジュリアス・シーザーの一節だそうだ。
 「昔には帰らない」が刊行されなかったのは版権の問題だったようなのだが、文庫で出してもらえるのは若干懐には優しくて得したような気分だし、同じ年に2冊もラファティの新訳がでるのは、いつでるのか分からない国書刊行会の「第四の館」を心待ちにしている愛読者にとって奇跡的な年となる予感がする。「クレプシス年代記」だとか「シンドバッド13回目の航海」だとか、まだまだ出して欲しいような作品がいっぱいなのだが、翻訳自体が難しそうなので期待するのは無理なんだろうなぁ。かといって英語で読めるというわけでもないし・・・。「Serpent's Egg」ですら初版1010部。世界中で1000人くらいしか読者がいないのかも。
[PR]
by kkusube | 2012-08-14 10:20 |
 2月からちんたら読んでいたピンチョンの「ヴァインランド」をようやく読了した。vinelandでもずい分と酸っぱくなってしまったかもしれない。ともかく1度目の読了である。しかけ満載で、ネタがわかればその分だけ楽しめるし、丁寧に書き込んであるけれど作品としての読みやすさにも手を抜いていない。たくさんの登場人物の誰に感情移入して読むのも自由。そうはいっても、ラストに愛犬と戯れる少女のプレーリーが一押しなんだろうけど。
 80年代のアメリカ西海岸そのままを切り取った作品であるとともに、いまの時点では、ただただ懐かしい通過点の墓碑銘のような作品である。作者のピンチョンも御年75歳。まだ新作が出るのかもしれないけど、じじぃの戯言になってしまう可能性もありそうだ。音楽成分もSF成分もドタバタ成分もいろいろいっぱい。単純にネタなんかまったく分からないで読んでもしっかり楽しめる作品となっているあたりが素晴らしいところだ。
 一方ガッダの「メルラーナ街」の方は、同じようにその時代の鬱憤を暗喩に詰め込んで入るのだけど、エンターテイメントとして成功しているとは思いにくい。本国のイタリアでも難解で読んでいないという人が多いらしい。もっともいまの若い人は本を読まない説もあるそうなので、読まれていないからといって価値が減弱するものでもないが、ややひとりよがりな部分が多すぎるようだ。最後まで読んでも、事件は解決しない。混沌のまま未完の印象が残る。
 表面上も楽しめて、その上でいっぱいしかけがほどこしてあるような作品が個人的には気に入っている。そういう作品が売れない時代になっているのだろうけど、いいものはいいと評価をアップすることは必要なんだろうなと思った。
 あとに残ったのはストルガツキーの「滅びの都」。これもこの惑星の話ではないらしい。
[PR]
by kkusube | 2012-07-14 12:07 |
 3月より「メルラーナ街の混沌たる殺人事件」ガッタ著を読み始めて、並行して「ヴァインランド」ピンチョン著新潮社版も読んでいたりしている。その上に「滅びの都」ストルガツキー著も読み始めたのだけど、どれも就寝前の睡眠アイテムには抜群なのだけど、難解というか凝りに凝っていてなかなかページが進まない。もちろんボクの理解力のなさもあるし、読んでいる途中に文字と別の話を誤読していたり、何遍も同じセンテンスを行きつ戻りつ妄想に突入していたりで、その時間と空間が楽しみの一つではあるのだけど、これを読書というのだろうか。
 ストルガツキーの「滅びの都」にだけ言及すると、どこかわからない都市(異空間の都市かも)での実験に参加しているロシア人が主人公の話で、その都市では定期的に職業が変わるらしく主人公はごみ収集業者だったが、次には不思議な事件の捜査官となっている。まったくとらえどころがない話で、体制を痛烈に批判していると読み取ることもできるのだが、ストルガツキーの本意はそんな細かなところではないのだろう。混沌そのものを楽しむべきなのだろう。
[PR]
by kkusube | 2012-06-24 20:52 |
「浴槽で発見された日記」「泰平ヨンの未来学会議」と今年は連続してスタニスワフ・レムの著作を読んでいる。レムが書きたかったかもしれない深い意味は別として、どちらの作品もそのシーンの描写そのものを楽しむものだ。作品に込めた批判的な精神とか、現実社会への問題意識の投げかけという部分を読み込むよりも、素直に作中のドタバタを受けいることが肝要だと思う。


レムの泰平ヨンシリーズ最終作は「Peace on Earth (地球の平和)」という。
アニマソラリスの栄村さんのブックレビューの中に「地球の平和」の紹介があるので引用するとこんな内容のようである。

87年に発表された「Peace on Earth (地球の平和)」では、人類は長い間もとめてきた世界平和を達成しようと、すべての国の兵器は月に移されています。この時代、月は地球上の各国の領土に比例して分割され、兵器開発と生産は月面の工場でのみ行われることがジュネーブ条約で決められていました。これにより地球から大量絶滅の危険は消滅し、恒久的平和が訪れるはずでした。しかし、条約に地球で戦争が勃発したときは、月からただちに兵器をおくりこむという条文が残されていたため、だれもが想像もしなかった問題がおこります。他国の施設への諜報活動と自己保存を優先的にプログラミングされた自動機械が戦闘をはじめ、月と地球との通信は完全に途絶してしまいます。状況を知るため調査がおこなわれるのですが、どれも失敗し、最終的に泰平ヨンが派遣されます。そこで彼が見たのは、人々が予測していた以上の事態でした。
 太陽エネルギーを動力に、月の土壌を原材料につかって増殖、突然変異する能力をもっている兵器システムは、生物進化の原理にそって設計されていましたが、さらに、そこから新しい世代の兵器が誕生していました。一種のマイクロマシン、共生バクテリアのような種に変化する能力をもっている「Selenocytes(セレノサイツ)」と呼ばれる存在で、今や月はそれによって支配されています。
 「セレノサイツ」は、旧世代の兵器システムを一掃したのち、今度は人間に好奇心を懐きはじめ、隙をねらってヨンの宇宙船を道具として地球を侵略します。コンピュータ・ウイルスの形態に変化し、地球上のすべてのコンピューターとプログラムに攻撃をかけます。総コンピュータ化された21世紀、攻撃は人類に対してたった一日だけでした。インフラストラクチャー、工業基盤、通信情報システムなどすべてがダウンし、人類は文明崩壊の大惨事の瀬戸際に押しやられてしまいます。

 いやぁ、読みたいねぇ。日本語で。
[PR]
by kkusube | 2012-06-11 20:36 |
 つい最近マルセル・エイメの「壁抜け男」を読んで、なんだかぼんやりとこんなような話を私は書きたかったのではないかと思った。もちろんエイメのような作品というわけではない。現実と幻想の境目のないような世界を日常的に描く、そんな世界を描きたかったのだろうと。もちろん私にそんな世界をきちんと描く技術も才能もない。これから精進して世の中に作品を問いたいというわけでもない。いくつかの文章を書いたのは20代前半までで、庄司薫や植草甚一などの影響を中途半端に受けているだけといった文章とあまりにも幼稚な文章力では何かを創り上げることすらできなかった。
 たとえば山尾悠子の「月蝕」。彼女にとっては若気のなんとかで恥ずかしい駄作でしかないのかもしれないけれど、私は大好きだ。
 たとえば村上春樹の「窓」。その空気になんだか自分自身を感じてしまう。
 そんな話を書けたらいいのになとふと思った。書けるかどうかは分からないし、納得できる素材を集めることができるのかも分からない。
 まだまだやり終えていないことがあるということだけは確かである。
[PR]
by kkusube | 2012-02-12 23:45 |
 持っている本や雑誌の中から、これだけは何度か読みたいという部分をスキャナでコピーしてPDFファイル化。それを電子ブックリーダーに保存して、いつでもどこでも読める蔵書庫とする作業が流行っているようである。確かに本や雑誌は場所ふさぎだし重量もバカにならない。いつ読みたくなるか分からないものを大量にストックしておくことは、合理的ではない。ドキュメントスキャナで、あなたのライフスタイルが進化する、というようなわけである。
 道具も環境もそろってきた。あとは実行するだけという条件もそろっている。
 だけどはたしてどのくらい自炊が必要な選り抜き情報があるのだろうか。片っ端からやっていたのでは、その作業に時間を費やしたいがための自炊になりかねないし、大事なもの(評価が非常によい、またはよい)だけに限定して自炊しそうでないものは再流通させるといのも、そんなに評価が高いものをたくさん持っているわけではないので、それだけに限定してしまうのならがデジタルデータに返還しなくてもいいような気がする。大量の手元には置いておけばいつか読みのだろうけどいまはまだ読んでいないような部類の本とかは、選別の条件にも入ってこない。
 そのあたり少し悩みながら当面のお遊びの対象としようか。
[PR]
by kkusube | 2012-01-15 13:50 |
 年末からポケミスと同じような体裁でハヤカワ・SF・シリーズが始まるらしい。取りあえずは第一期10冊を隔月刊で刊行。スコット・ウエスターフェルドの「リヴァイアサン」を皮切りに、バチガルピの短篇集やコニー・ウィリスのALL CLEAR/BLACKOUTとかが今のところ判明しているラインナップらしい。旧ハヤカワ・SF・シリーズを彷彿させる銀背も悪くはないだろうし、いまどきSF本を買う人間なんて懐古趣味もいいところだから、スタイルとしては悪くない。
 すでにポケミスで展開している海外ミステリは、細々とコアなファンに支えられて続いているだけのようだし、海外SFもいずれはその方向を模索せざる得ないのだろう。つまりは単価を上げても少ない部数でなんとかやりくりするという方向だ。文庫本ですら初刷り3000部だとか5000部だとかいわれている。書店の店頭に並ぶことすらなく消えてゆくような状況である。
 趣味の読書がどういう方向で生き延びてゆくのか。しばらくは目が離せない。
[PR]
by kkusube | 2011-11-17 21:22 |
 海外で総数6000万部を超える大ベストセラーで、ハリウッドでも映画化されるという話題の作品。図書館で借りてきて読んでみると、これが大当たり。昔ディック・フランシスの「興奮」を読んだ時の面白さが蘇ってきた。ミステリだけど、探偵が事件を捜査するわけではないし、事件が解決したからといって犯人が逮捕されるわけでもない。変に凝りすぎた社会派ミステリでも本格ミステリでもないエンターティメントの王道をゆく作品。
 ボケた主人公の名探偵カッレ君に同情するわけでも、少女のようなヘビメタハッカーの長靴ピッピが大好きになるわけでもないけれど、ついつい時間を忘れて読み進めたくなるオススメの作品である。吉本ばななの推薦の言葉は、随分とひねくれた可愛らしさがお好きなのねと思ってしまうし、児玉清氏の褒め言葉はいいすぎだけど、ドロドロとした設定にもかかわらず、かなり異常な性関係も描かれているが読んでいて嫌な気分にはならない。スェーデンではこれがそんなに不思議ではないのだろうと思った。
 ハヤカワ文庫から再刊されたのでいまなら書店で平積み中。
[PR]
by kkusube | 2011-09-28 20:30 |
 宇宙版ほら男爵の物語のようにも紹介されているレムの泰平ヨンシリーズだが、実際にはコメディではなくかなりシリアスな内容が多い作品集だ。巻頭の「第七回の旅」を読むだけならば楽しいが、「第二二回の旅」は宗教を揶揄しているかのようなグロテスクな話だ。なぜレムはこのような話を書いたのだろうか。小説家となってから晩年の「泰平ヨンの地球平和(未訳)」まで、泰平ヨンシリーズは書き継がれているところを見ると、ヨンそのものがレムであるのかもしれない。気楽な内容の筈なのに、読みだすとけっこう辛いものがある作品集である。500pを越える分量もなかなか一息に読み終えることができないところだろうか。

a0042660_19233730.jpga0042660_19235625.jpg
[PR]
by kkusube | 2011-09-20 19:24 |