ブログトップ

ナンバー938の呟き

kkusube.exblog.jp

身の程知らずにもわずかばかりの知性をふりかざしてみたくて呟くのである

<   2006年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 今週号の週刊現代を眺めていたら、かなりびっくりする記事があった。大橋巨泉の人気コラムで、今回で連載終了の理由をしっかりと書いてあるのだ。
 新しい加藤という編集長になり紙面刷新で連載終了を打診されたのだが、加藤本人には何の面識もないし、直接の挨拶もないのでそんな失礼な編集長のやる雑誌には書かないと即座に連載を終了するという内容であった。
 巨泉と加藤のどちらが偉いのかは知らない。間に立った担当編集者は板ばさみとなり、そのままの記事を載せたのだろう。
 しかしこういう風にはっきりとモノをいえるのが巨泉のすごいところであり、それを載せた週刊現代もなかなかやるねなのかもしれない。出光から広告を貰っているのに出光の不祥事の記事を載せているマガジンXみたいな雑誌である。
 巨泉さんの言い分はおおむねもっともだと思う。グローバリズムに毒されて、外資系のコンサルに踊らされている国内上場企業のやるせなさを肌身に感じるにつけ、日本は日本でなくてはならないし、愛国心は国が強要するものでもないという巨泉さんの主張は、軍国少年から敗戦でコペルニクス的転換を経験した世代にしか話せない、貴重な意見だと思う。
[PR]
by kkusube | 2006-04-28 19:47
 「無縁坂」で涙させてくれるからでもなく、軽妙な歌で笑わせてくれるからでもなく、売れたバブルの勢いで、今となっては発展する前の中国の貴重な映像を記録した「長江」というロードムービーを撮って、20億以上の借金を抱え込んだからでもなく、慣れないリズムで長崎弁のラップを歌うからでもなく、ただただ執念のように戦争の歌を歌い続ける歌手として、すごいと思う。
 もちろん長崎出身で、身近で原爆症で苦しんでいる人たちを見続けてきたからかもしれない。同じ日本人でも、大量に放射線を浴びた後遺症に悩み続ける身内を持っているのは、長崎と広島の人たちだから。チェルノブイリの真実を感じることができる唯一の民族だから。
 でも、それでもメジャーな歌手が戦争のことを歌い続けるのは困難を極めることだと思う。一時期の反戦フォークソングで、人気を得た歌手たちと根本的に違う何かを、さだまさしは持っているのだろう。
[PR]
by kkusube | 2006-04-26 19:18
「金星応答なし」ハヤカワ文庫SF419 489p
 (2006/4/4~4/21)

 81年1月31日発行。24歳になった頃、貝塚駅前のブックスマウントで2月3日に買った本である。
 本国での刊行から30年、買ってから25年か過ぎ、ここ55年ほどの間に科学面での情報は大幅に変わってしまっているが、ストーリーを支える人間の物語はいまでも十分に楽しむことが出来る。
 2部構成で、第一部はツングース隕石の調査にまつわる話。金星から打ち込まれたロケットであると判明し、地球に危機が迫っている可能性が示される。火星探査向けに建造していた探査船を急遽金星向けに改造し、科学者たちを乗せて、平和的な解決を図るために金星探査に出発する。この部分は読んでいても情景がすぐに浮かび、いまの技術で映像化したら面白いだろうなと思えた。
 第二部はパイロットの日記。金星探査船コスモクラートル号のパイロットで黒人のロバート・スミスの手記という形で、金星までの道中の顛末から、金星に降り立って探査を始めて帰還するまでが描かれている。ここで描かれる金星は、後のソラリスであったり砂漠の惑星であったりで、地球の荒野に似た異境である。しかも金星には都市の残骸が残っていたが、金星人の姿はどこにも見つからなかった。長い探検話の中に、怪物は姿をあらわすこともない。映像化しても随分と冗長に感じられるかもしれない部分である。結末も楽天的な人間性善説のような終わりかたになっている。
 レムの20代の若書きの作品の中では唯一日本語で読める作品で、社会主義国家に対する希望に溢れているし、科学者たちの姿も立派な人ばかりで、作者の青春を感じさせる。レムはこの作品を全く評価していないが、それでも再版を許可しているあたりに、愛着はあるのだろうと思う。当時の情報入手の限界からくるファンタジーとして読めば何の問題もないし、作者自身が幾度となく死線を越えなければならなかった暗く厳しい戦争のあとの、平和への希求感がにじみ出ている作品である。
a0042660_7592959.jpga0042660_7595040.jpg
[PR]
by kkusube | 2006-04-22 10:15 |
 ヨーカドーにお買い物に出かけたら、マツダ車が展示してあった。デミオ・ロードスター・MPVの3台で、250万のロードスターは一番かっこいいなとは思うけれど2名しか乗れないので、本当に趣味のクルマだろう。MPVは新型のエスティマとの比較で座ったり触ったりした。室内空間の作り方では、MPVの方に軍配があがる。細かな質感はまだまだトヨタのうまい作りこみには勝てないものの、フロントシートのサイズもセカンドシートのサイズもきちんと作ってあるし、サードシートのヘッドレストも一応大人でも使える実用性のあるものがついていた。室内の閉塞感もない。8名乗車で6つしかヘッドレストが付いていないあたりとか、ステアリングにテレスコが付いていないあたりは、まだまだ中途半端で、コストの問題が消費者に分かりやすく示されている。ダッシュボードの質感も低く、マツダの従来のクルマらしくチープな雰囲気はプンプンただようのだけど、クルマ自体はかなりマジメに造られていて、もう少し儲かってコストをかけられたら、さらにいいクルマにできあがるのになあと感じさせるポイントがいぱいあった。その点、一見豪華でよさそうに造ってあるエスティマとは性格がことなるように思えた。どちらかを選ぶとすると、MPVである。コストをかけるべき部分をけちってまで一見豪華にみえるだけのクルマと、見た目は悪いがしっかり造ってあるクルマとでは後者を選ぶことになる。
 マツダにいえるのは、長年使ってもボロボロにならない程度の質感を維持できるかどうかだろう。旧ファミリアでは、3年程度でステアリングの手でよく握る部分が剥げてきた。ステアリングが剥げるクルマはここ20年程度乗ったことがなかったから、これがマツダなんだろうと思ってしまった。
 そういう部分がどう改善できるかである。

 さてこのMPVであるが室内の全高は、307スタイルブレークよりも低く、子供が立つと頭が天井についてしまう。100mm以上も全高自体は高いはずなのに、室内高は低いのだろう。
a0042660_18145445.jpg

[PR]
by kkusube | 2006-04-16 18:17 | クルマ
 そろそろうちのCRTモニターも10年目を向かえ、スピーカーの調子が不安定になってきた。まだまだ画像表示では問題ないのだが、さすがに17インチCRTで1600×1200は少々辛い。そろそろスペース面でもメリットのある液晶モニターに切り替えかなと思いつつ、ナナオとデルの製品を触ってきた。

 ナナオのS2410Wはプラスチックにも高級感がありさわり心地もよかった。白と黒の2色モデルがあるが、白の方がいい感じがする。デルのは最新型の2407はまだ展示していなかったので、3007を触ってみた。どうもプラスチックの質感が貧相。確かに機能面ではデルの方が上なのだが、10年近くは使いたいとなるとナナオに魅力がある。実売価格が5万以上開いていても、中国製と日本製ではその程度の価格差はあるのかもしれない。両者とも液晶パネルはサムソンのもので同じらしいけれど、表示機器はハードウェアだけでなくソフトウェア面での技術力がものをいう世界らしいので、そういう面ではナナオに分があるのだろう。
 パネルの裏の表示では、ナナオのはmade in JAPANとなっていた。

 実際に両者を触ってみて、ナナオの方を欲しくなった。画質とかを比較検討できるほどに目は肥えていないのだけど、モニターは一番コストをかけるべきパソコン周辺機器なので、ちょっとはりこんでみようかと思った。
[PR]
by kkusube | 2006-04-09 21:01 | パソコン