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ナンバー938の呟き

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身の程知らずにもわずかばかりの知性をふりかざしてみたくて呟くのである

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 ウインターシーズンに突入して、愛娘がスキースクールに出かけるようになった。
 スキー場の食事というと、高かったりレトルトものでまずかったりが定番なのだが、このスキー場の食堂はおばさんたちの手作り風で、とん汁におにぎりも美味しいし、カレーなんかも家庭の味で結構いける。その中でこの地方ならではの食材がじゃがいも。これを油であげている。これもほくほくしていて、甘みがありいい感じである。大き目のじゃがいもが3個串についていて200円也である。

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by kkusube | 2008-01-26 18:22
 何かの記念にという買い方はあまりしないタイプだったのだが、昨年のひとくぎりにも特に自分自身にご褒美をあげなかったので、今回は奮発した。最近は欲しいと思えるようなデジカメが少なくなっていたが、その中は硬派なデジカメとして登場したこと、横木などのカメラマンが高く評価していること、GRでじたるの二番煎じである点も気に入った。正月にはヨドバシカメラなどで触りまくって触感を試し、これならいけるかなと思って購入を決めた。
 しかし、どうやら使い手を選ぶカメラのようだ。使い手がしっかりと躾けないと自由には使いこなせない。ほんらいカメラはそのようなものだった。使うのが難しいという意味ではない。使い手の意思が入ってようやくそのカメラの性能が出せるというのがカメラの面白さだったのだ。
 そういう意味ではカメラらしいデジカメだ。もちろんムービーの撮影はできるし、シーンごとのオート設定はある。しかし内蔵ストロボは手動でオンしないと発光しないし、そもそもレンズキャップをはずさないと写せない。このあたり昔のコンパクトカメラであるレンジファインダーとかを思い出させていい感じだ。もちろんデジタル1眼レフもレンズキャップを外さないと写せないけれど。
 今日届いたばかりで、まだ使い始めたばかりだが、これからどんな画像を撮れるのか楽しみである。24-72という広角からポートレイト角までのズームだけど、28ミリ固定焦点のGRデジタルのように潔くないあたりが面白いと思う。
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by kkusube | 2008-01-20 20:09 | パソコン
 岡田准一が主演の超能力SPドラマが一部に人気のようだが、その脚本を書いている金城一紀の「GO!」が角川文庫で出ていたので、年末に読んでみた。

 ひとことでいえば、みずみずしい青春小説。しかもページ数は少ないもののリーダビリティも高いし、一つ一つの場面がよく書けている。本当にプロの作家が書いたすばらしい一冊だ。それに比べると最近の素人出版は、インスピレーションやマインドなんとかというアイディアプロセッサを活用したりして書いているせいか、部分部分ではネタをしっかりとふっているのだけれど、一掴みの作品としての品質が著しく低い。パラパラ読んだらすぐにリサイクル書店行き確実。品格も重みもないへたくそな文章で、底の浅い自分自慢がばらまかれている。こういう作品の嚆矢は超整理法の野口や、山根式の山根に始まるのだろうけれど、山根はプロのライターだけあって文章はうまい。野口は大学の先生らしく文章は下手だけど、いくつかのネタは使えそうなモノがあった。
 ま、そういうライターとは格段に違う生まれ持った作家としての才能を感じさせるすばらしい作品である。あとは森絵都の「DIVE!」やあさのあつこの野球小説を読んで見るかな。やっぱり、文章家である作家の作品はすばらしい。必ずしもそういう作品が売れるわけではないらしく、金城一紀の作品も書店の棚にはあまりみかけないのが残念である。
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by kkusube | 2008-01-16 21:37 |
 新しい年を迎えるとなんだか仕切りなおしをしてみたくなるのはどうしてなんだろう。元旦のTVでNHKへの露出を極めていた歌手のさだまさしが「元旦の計は別に元旦にしなくても区切り区切りでしてもよく、そうしてどんどん後伸ばしにしてゆくゆるいおじさんになってしまいましょう」というような的確な表現をしていたが、まさに少し立ち止まって考えたときに今生きている自分としての計はたててみるのがいいのだろう。
 
 毎年書いているようなことを今年も改めて書くのは気が引けるけれど、「人はいつかは死ぬ。それが早かったり遅かったり、それはその人の決められた生き方なんだろう」と思う。運命決定論者ではないので、結果論としてそれだけの人生だったのだろうということだ。命としてこの世界に生を受けて、いつ命として終わりをつげるのかは知らないまま生き続けて、やがて土に帰る。それがこの地球に暮らすことだろうと思う。
 いつ終わりをつげるのか知らないまま生かされているのならば、その生き続けている瞬間を可能な限り豊かな実りあるものとしたいと思う。どの瞬間も無駄がないなどということはありえないが、その瞬間が良かったねとか楽しかったねとか前向きに思える割合を高めるような努力をする姿勢が大切だろうと思う。
 どこを区切りにするという大げさなことではなく、今年もできる範囲でやりたいことをし買いたいものを買い、そろそろ自分という人間のメンテナンスに努めていければと思う。
 子年は12年の新しいスタートだ。
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by kkusube | 2008-01-12 10:09