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ナンバー938の呟き

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身の程知らずにもわずかばかりの知性をふりかざしてみたくて呟くのである

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 クルマ雑誌を斜め読みしていると、新世代のエンジンが特集されていた。
 ECOな時代に相応しく大排気量エンジンではなく、コンパクトカーにダウンサイジングエンジンという話である。先手を打っているVWはEA211型で3気筒と4気筒を用意しているらしい。0.9Lをベーシックバージョンに、1.2Lはポロあたりから採用するのだろうか。現行の1.2Lが4気筒なので、次世代は3気筒となるのだろう。
 プジョーやルノーといったフランス勢も0.9Lの3気筒を用意している。1.2Lはルノーは4気筒(これはK4M代替エンジンだそうだ。デュアルクラッチのセミオートマも用意されるようなので、カングーに載ったら日本国内では面白そうだ)、プジョーは3気筒。0.9Lはターボ仕様でルーテシアに載ってくるらしい。まさに1.2Lクラスのダウンサイジングである。フィアットが先鞭をつけて500に2気筒エンジンツインエアを載せてきているが、その流れが主流となってきそうな勢いである。
 日本勢では、日産が1.2Lを3気筒で1.5Lを代替する予定のようである。三菱も新しい3気筒エンジンを用意している。
 一般に3気筒エンジンは振動面で不利であると言われている。いままではマイナーな存在ではあったけれど、日本の軽自動車の世界では3気筒が定番となっているので、技術面では十分にこなれた存在であるといえる。
 現行のガソリンエンジンの熱効率は良くて20%といわれている。これを最終目標としての40%にどれだけ近づけるか。新世代エンジンは圧縮比も高めで、高効率な最新技術を惜しみなく投入したエンジンとなる。3気筒エンジンの時代がくるのかどうか、楽しみに待ちたいところだ。
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by kkusube | 2012-07-28 22:28 | クルマ
 今年の9月頃から発売する日産の世界戦略車。コンパクトクラスながら「新型ノートは日産のモノづくりの粋を集めた、日産ならではのクルマ作りの結晶」なんだそうだ。確かにサイズ面ではチョードいい(どこかのCMみたいだけど)。1.2Lという排気量も、VWの二番煎じとはいえ、高く評価していい取り組みだろう。「モノづくりの粋を集めた、日産ならではのクルマ作りの結晶」がどんなものなのか、実物を見てからのお楽しみとなりそうだ。ワールドプレミアからは、そんなインパクトは露とも伝わって来なかった。平凡なデザインの(まるで中国か韓国製のような)ハッチバック。それが悪いというわけではない。クルマに趣味性など期待してはいけない時代なのだから。悪くないとは思うけど、サイコーの日産といいきってしまえるものなのだろうか。言ってしまった以上は、どんなものか期待に胸を膨らませて拝見させていただきましょう。
 「新型ノートの最上級グレードとして上質なインテリア、プレミアムな装備を採用した」メダリストというグレードがあるという。写真で見た印象では、アウディのA1に及びもつかない。せめてプレミアムというのならば、A1の質感で203万でやって欲しいものだ。
 細かいことをいうと、このご時世で後席にヘッドレストが2個しか付いていないというのはどういうものだろう。旧ノートの英国版にはちゃんと座席数分のヘッドレストが付いている。日本人は4人しか乗らないから必要ないとコスト削減だけを考えていると痛い目をあうのは目に見えているが、このノートのマネージャーにはコストしか見えていないのだろう。
 もう一点、軽量化がどの程度できているのかも興味津々。マーチで950kg程度。それよりも5%以上は容積の大きなクルマである。果たして1tの壁を割っているような画期的な軽量化かつ高剛性が得られているのだろうか。

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by kkusube | 2012-07-17 21:18 | クルマ
 2月からちんたら読んでいたピンチョンの「ヴァインランド」をようやく読了した。vinelandでもずい分と酸っぱくなってしまったかもしれない。ともかく1度目の読了である。しかけ満載で、ネタがわかればその分だけ楽しめるし、丁寧に書き込んであるけれど作品としての読みやすさにも手を抜いていない。たくさんの登場人物の誰に感情移入して読むのも自由。そうはいっても、ラストに愛犬と戯れる少女のプレーリーが一押しなんだろうけど。
 80年代のアメリカ西海岸そのままを切り取った作品であるとともに、いまの時点では、ただただ懐かしい通過点の墓碑銘のような作品である。作者のピンチョンも御年75歳。まだ新作が出るのかもしれないけど、じじぃの戯言になってしまう可能性もありそうだ。音楽成分もSF成分もドタバタ成分もいろいろいっぱい。単純にネタなんかまったく分からないで読んでもしっかり楽しめる作品となっているあたりが素晴らしいところだ。
 一方ガッダの「メルラーナ街」の方は、同じようにその時代の鬱憤を暗喩に詰め込んで入るのだけど、エンターテイメントとして成功しているとは思いにくい。本国のイタリアでも難解で読んでいないという人が多いらしい。もっともいまの若い人は本を読まない説もあるそうなので、読まれていないからといって価値が減弱するものでもないが、ややひとりよがりな部分が多すぎるようだ。最後まで読んでも、事件は解決しない。混沌のまま未完の印象が残る。
 表面上も楽しめて、その上でいっぱいしかけがほどこしてあるような作品が個人的には気に入っている。そういう作品が売れない時代になっているのだろうけど、いいものはいいと評価をアップすることは必要なんだろうなと思った。
 あとに残ったのはストルガツキーの「滅びの都」。これもこの惑星の話ではないらしい。
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by kkusube | 2012-07-14 12:07 |