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ナンバー938の呟き

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まったくのアホながら わずかばかりの知性をふりかざしてみんとて 呟くのである

「泰平ヨンの現場検証」スタニスラフ・レム著

 このところ集中的にレムを読んでいるといえばそうなのだけど、途中までで止まっていたこの作品を最初から読み直してみるうちに、ずいぶんと時間がかかってしまった。枕元の睡眠導入がわりともなったので、いったいどういうストーリーなのか渾然としたまま謎がなんだったのかも分からないままようやく読み終えた。1ページも読まないうちにすぐに眠気が襲ってくるし、しっかり集中していないと文字すら追っかけられない。

 さて、この話のテーマは何だったのだろう。わざわざ航星日記の第14回の旅が誤りであったことをネタにして、新たにエンチアを舞台にした長編を書くこととなった意図は何だったのだろう。
 ひとつにはレムの得意な世界創造ゴッコの舞台として第14回目の旅が魅力的に思えたからだろう。もうひとつはそういう世界を描くことで、現実の世界のいくつかの問題をレム流に提起したいという気持ちがあったということだろう。エンチアの中でのルザニアがアメリカ、クルドランジアがソビエト、クンデルの体内がポーランドという安易な比喩という解釈もなりたつが、そこまで底の浅いレムではないだろう。レムは産婦人科医でもあったので、生殖に関して必ず興味深い表現を書き込んでいるが、ペンギンのようなものから進化したエンチア人たちの性行為と人間のそれとの比較など、物語に必要ないかもしれない部分でも書き込んでいる。

 「現場検証」は実に読みにくいし、あらすじらしいあらすじもなくどんどん話が勝手に転がって行くような展開。しかしレムは意図なく無駄な文章を書いたりはしないし、あらすじで要約できるような作品を書く作家でもないので、そのいきあたりばったりのような勝手な展開にはそれなりの意味があるのだろう。何故か訴訟事件に巻き込まれる導入部分で、ヨンが大金持ちの令嬢に間違われて誘拐に会うし、ジュネーブで足止めをくっているときに宇宙法の教授に出会い、エンチア星への現場検証にでかけるきっかけができる。エンチア星までの旅程では哲学談義にふけり、実際のエンチア星に着いたとたん気持ちの悪い異星世界の描写が始まる。後半部分はまるでガリバー旅行記のようだ。

 話の結末に何らかの感動があるわけでもなく、ひたすらうだうだとした哲学談義のようなものが続くだけの話で、宇宙版ほら男爵の話だと勘違いしていると痛い目にある。
 では、その苦痛がいやかといえば、否、これがレムなのだといえる独特の世界なのである。
 残された「地球の平和」がいったいどういう話となっているのか、興味はつきないが、はたして訳してくれるポーランド語の達人がいるのかどうか。

「泰平ヨンの現場検証」スタニスラフ・レム著_a0042660_1352826.jpg

                            この表紙はドイツ版のエンチア人
by kkusube | 2008-11-03 13:40 |

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