ブログトップ

ナンバー938の呟き

kkusube.exblog.jp

身のほど知らずがわずかばかりの知性をふりかざしたくて呟くのである

2010年 10月 03日 ( 1 )

 さて読了しても何がどうなっているのか分からない本である。
 決して難しい言葉で書かれているわけでも、理解不能な表現があるわけでもない。 各章ごとの中身は読んでいる時には理解出来ているのだけど、全体像が浮かび上がらないのだ。
 最後まで読んで、主人公のフィネガンっていったい何者?シーワイーシーを含めて他の登場人物もいったい何者?となるわけである。
 平然と殺人は起きるし、どうやら悪魔が暴れまわる世界の話であるようなのだが、その悪魔という存在が何者なのか、正義のための戦いといったようなものではなく、どういう意味をもつのか、何を意味しているのかなどこの作品には関係のないことのようでもある。ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」のパロディとも思える。
 どうみても説明不足だし、奇抜な内容であるにもかかわらず、作者のラファティにとってはリアルなのではないかと思わせるような内容である。
 しかもハマるとラファティは麻薬のような魅力的な作家なのだ。それはラファティというジャンルの作品しか書かない作家だからだ。
 「悪魔は死んだ」は独創的な奇書の類の本である。しかもアルゴ神話3部作の内の一冊であるにもかかわらず、第一作の「Archipelago」と第三作の「More than Melchisedech」はファン出版でしか出版されていない(第三作はオンデマンド版として再刊されたそうだから、本国に熱烈なファンがいるのだろう)。
 数ヶ月間の記憶を失っていた主人公フィネガンと大富豪シーワーシィは、悪魔パパ・ディアボラスや魅惑的な酒場娘アナスターシャたちとともに、世界周航の旅に出る。シーワーシィとパパ・Dにまつわる謎。旅の破滅的な結末。そして数年後、フィネガンの復讐が始まる……。なんていうあらすじはまったく意味があるんだかないんだか。
[PR]
by kkusube | 2010-10-03 17:59 |